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学会からの提言

幼保一体化に伴う乳幼児歯科保健のあり方

2014年12月
一般社団法人 日本小児歯科学会

はじめに

社会環境の変化に伴い、保護者が子どもを施設に預け働くケースが増えてきた。しかし、地域においては施設が保護者の需要に十分応えることができず、子どもが健やかに育成される環境が整備されているとはいえない状況にある。

そこで2006年に「就学前の子どもに関する教育、保育の総合的な提供の推進に関する法律」が制定され、認定こども園制度が開始された。

待機児童ゼロを目指し、認定こども園制度の普及促進から、さらにすべての子どもの良質な成育環境を保障し、子ども・子育て家庭を社会全体で支援するために、総合こども園法案を含む子ども・子育て新システム関連3法案が成立し、さまざまな必要な措置を実施している状況である。

今回、幼保一体化による小児歯科保健への影響について、日本小児歯科学会としてその課題と対策について見解を述べてみたい。

1. 幼稚園・保育所の現状と課題

生涯にわたる歯科保健の推進において、幼稚園および保育所に通う乳幼児期にう蝕をはじめとする歯科疾患を予防し、定期的な口腔管理を習慣づけることができれば、8020 達成も十分可能であり、全身の健康の保持増進にも大変有益であり、生涯を通じた歯科保健の原点ともなる大切な時期である。

ところが、乳幼児期の歯科保健を推進する際に、現状では幼稚園と保育所とに分かれているため、以下のような様々な支障が生じており、結果としてかなり非効率で無駄なエネルギーを費やしている。

  1. 幼稚園は保護者に時間的な余裕があり、家庭で保育できる状況で通わせる教育施設であるのに対して、保育所は保護者が就労しているため、時間的余裕がなく、家庭で保育できない状況で収容する児童福祉施設である。
  2. 幼稚園は原則として3歳から就学前の幼児が対象であるのに対して、保育所は0歳児から就学前の乳幼児を対象としているため、施設整備や人員配置が異なっている。
    乳児を扱うには、専用のトイレ、沐浴設備、調乳・離乳食・アレルギーに対応した給食設備が必要であり、幼稚園で乳児を扱うためには、必要な設備がないため、多大な設備投資と人材確保が必要になる。
  3. 幼稚園は学校と同様に就園時間が決まっており、規則的であるのに対して、保育所は入所児によって、時間が不規則で長時間にわたる場合が多い。
  4. 幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省の管轄なので、地域でも一体化の動きも見られるが、公立幼稚園は教育委員会、私立幼稚園は学事課等の管轄であり、保育所は子育て家庭課等の保健福祉部管轄に分かれている。その結果、歯科保健の推進のための研修会やイベント等の事業を実施する際にも、二つの行政の窓口と連絡、交渉、会議を実施しなければならず、時間と手間がかかり非効率なのが実状である。
  5. 幼稚園教職員は幼稚園教諭免許、保育所は保育士の資格が必要であり、必ずしも両方の資格を有しているとは限らない。
  6. 保育所の団体は保育会、幼稚園は幼稚園協会とそれぞれ独立しており、歯科保健の研修会を開催する場合にも、それぞれの団体との交渉が必要である。

2. 幼稚園、保育所の一体化による影響

2006年10月からスタートした「認定こども園」は、保護者が働いている、いないにかかわらず受け入れて、就学前の教育・保育を一体的に行う機能を備えている。都道府県から認定された施設が、地域の子育て家庭を支援する制度である。前述したように今回さらに子ども子育て支援法、総合こども園法、関係整備法の3法案が成立し、学校教育・保育および家庭における養育支援をより一体的に提供する体制ができるようになった。

幼稚園・保育所の一体化によるメリットとしては、具体的には以下のようなことが考えられる。

  1. こども園を中心に小規模保育、家庭的保育など選択肢を増やし多様な保育の活用が可能となり、待機児童の解消が期待できる。
  2. 質の高い幼児期の学校教育と保育の一体化した総合こども園の創設により、幼稚園と保育所の両方の利点が提供できる。
  3. 子どもの数が減少傾向にある地域では、保育所と幼稚園がひとつとなることで施設の存続が可能となる。
  4. 保育所では保護者が就労しているため、昼間会合を持ちたくても時間的余裕が少ないが、幼保一体化により、保育中心から教育の視点も重要視され、研修会の開催などにも職場の理解が得られ、参加しやすい環境を作ることが可能となる。

3. 幼稚園、保育所の一体化に伴う今後の乳幼児歯科保健のあり方

少子化、核家族化、都市化の進んだ社会状況の中で、保護者の子育ては急激な変化をしている。育児相談は親、近隣よりも育児書やインターネットの利用が多く、平均的な育児を参考にしても自分の子どもに該当しない場合には自己対応が不十分なため、育児不安を抱えている母親が増加している。また少子化に伴い大切なわが子に対する関心は極度に高く、不安がより一層増幅していると思われる。

このような中、歯と口に関しても関心は高く、公的健康診査では授乳から乳歯の生え方、離乳食の進め方、歯みがきの仕方、食べ方、むし歯予防、歯並びかみ合わせ、口腔習癖など様々な質問を受け、個々の事例に対応している状況にある。

しかし、幼稚園・保育所では嘱託歯科医の配置による歯科検診は定着してきたが、歯と口に関する保護者の育児の悩みや相談を直接聞き話す機会は非常に少ないのが実状である。歯科検診を受けてない子どもや、検診後治療の必要性があっても受診しないケースもしばしば見られる。

健やか親子21の課題4では「子どもの心の安らかな発達の促進と育児不安の軽減」がテーマであり、その中に受診者が満足し、かつ育児支援に重点をおいた乳幼児の健康診査の実施推進があげられているが、現状とはまだかけ離れている。

乳幼児歯科保健の展望と対策

乳幼児の歯科保健に関して上記のような状況の中で、教育と保育の総合的提供推進の一環として、こども園が創設され、幼保一体化の流れが加速してきた。この時期に今一度歯科健康診査を含め乳幼児歯科保健のあり方についてまとめてみたい。

  1. 職員配置と施設設備等は幼稚園においては学校教育法に準じて設置しなければならないため、学校歯科医は必置職員である。一方保育所は児童福祉法で最低基準が定められており、民間の保育所に関しては原則として歯科医も嘱託医とすることという厚生労働省雇用均等児童家庭局長通達になっている。すなわち努力義務になっているため、保育施設の嘱託歯科医師の配置を制度化すべきである。
  2. 児童生徒の定期健康診断の結果は児童生徒健康診断票に記入することになっているが、幼児については幼児健康診断票に記入している。しかし、その様式が小中学校とは異なり、さらに公立幼稚園だけでなく、私立幼稚園、公私保育所によりさまざまな種類の健康診断票が使用されている。乳幼児健康診断票は学校に準ずるべきであり、できれば乳児から高等学校まで経過が一覧できる歯・口腔健康診断票に統一すべきである。
    また、今後歯科健康診査未受診児への受診勧告や健康診査後の事後措置の徹底も学校保健に準じた形で推進する必要がある。
  3. 今後予定されている「子ども・子育て会議」においては、各方面からそれぞれの専門家の意見が集約され、乳幼児の教育・保育にとってよりよい環境が提供されるべきものと考えられる。そこで子どもたちの健全な発育を支えるためにも歯科保健は大きな役割を持っている。したがって、子ども・子育てに関する重要な政策を審議する国および各自治体の「子ども・子育て会議」の構成員には、小児の歯科保健・医療の専門家を加えるべきである。
  4. 学校においては歯科健康診断票の記入は養護教諭が担当していることが多いと思われるが、幼稚園、保育所では記載できる幼稚園教諭や保育士は少なく、健康診査担当歯科医師が健康診断票の記載を指導したり、歯科衛生士を帯同させたりして対応している。幼稚園教諭や保育士の教科の授業の中に歯科保健教育の義務づけを行うべきである。
  5. 児童福祉施設最低基準を満たさない無認可保育所においても、学校保健法に準じた健康診断の実施を働きかけるべきである。
  6. 1歳6か月児歯科健康診査および3歳児歯科健康診査では母子健康手帳の歯科記入欄に記載があるが、幼稚園や保育所での歯科健康診査、ならびに歯科医院では母子健康手帳への記載はほとんどされていない。小児歯科学会では母子健康手帳の歯科の記入欄活用のためのポスターを作製し啓発活動を行っているが、まだ浸透しているとはいえない状況である。母子健康手帳に乳幼児期の経年的な歯科検診結果の記録を記載して、歯科保健指導において有効に活用すべきである。
  7. 公的歯科健康診査や幼稚園、保育所における歯科健康診査、さらに歯科医院において、歯科医師による検診の際に、子ども虐待を発見しようとする意識は徐々に高まってきている。子ども虐待の早期発見に対応するためにも公的健康診査はもちろん、幼稚園、保育所における歯科健康診査において、使いやすい簡便な歯科における診断用アセスメントシートの普及と検診担当者を対象とした子ども虐待防止対応研修会の開催が必要である。
  8. 乳幼児の歯科健康診査は未だにう蝕の有無の検診が主になっている。食べ方、口腔習癖、かみ合わせなど口の中を総合的に診査し、受診者が満足のいく育児支援に重点を置いた歯科健康診査を目指さなければならない。日本小児歯科学会版「乳幼児の口と歯の健診ガイド」が発刊されているので、検診担当者の育成のためにも活用すべきである。
  9. 食べ方は乳幼児期から教えることが大切である。とくに幼稚園、保育所は家庭とは違い、友達と一緒に集団で食べることにより食事マナーの学習にもなり、食育支援の絶好の場所である。食育についてはよく噛んで五感で味わって楽しくおいしく美しく食べる事を育むことが重要であり、歯科から生涯にわたる食生活の基本となる「食べ方」についての情報提供することが必要である。
  10. 幼稚園、保育所における歯科保健医療の推進のためには、歯科医師、歯科衛生士だけでなく、小児科の医師をはじめ幼稚園教諭、保育士、栄養士、臨床心理士、保健師など他の関連専門職種と連携して情報交換を図ることが重要であり、子育て支援のためのネットワーク作りが必要である。
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