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学会からの提言

これからの小児歯科医療のあり方について

はじめに

 一般社団法人日本小児歯科学会は、その活動理念の一つとして、日本における小児の歯科医療・保健の向上と推進に寄与するために、さまざまな活動を展開しています。歯科の二大疾患であるむし歯と歯周病について考えてみると、むし歯は近年全国的に減少傾向にあります。一方歯周病は、小児期から徐々に増加してきていますが、いずれの疾患もかなりの部分で予防可能であり、医療体制の整備により今後さらに減少させていくことは可能と考えられます。しかしながら、歯科疾患はむし歯と歯周病だけではなく、歯並びやかみ合わせ、歯や口腔軟組織、さらに口腔機能の異常にも対応することが求められています。
 小児期で考えてみても、歯は人間の成長、発達、発育期に乳歯から永久歯への交換というダイナミックな変化をしており、口腔も成長、発達を続けています。
 超高齢社会を迎えた現在、生涯にわたって歯と口腔の健康を保持していくためには、小児期からの歯科疾患の発症予防、治療による重症化対策は非常に重要です。また最近の研究では、歯と口腔の健康が全身の健康増進にも寄与していることが分かってきており、日本小児歯科学会は小児期の歯科医療・保健が、国民の生涯を通じた健康保持・増進のために、大変重要な問題と考え、その対策を様々な角度から推進しています。
 今回、小児歯科医療の現状と課題、そしてその対策を検討し、これからの小児歯科医療のあり方についてまとめてみました。子どもたちの歯と口腔の歯科医療が充実することにより、国民の生涯を通じた歯と口腔の健康、さらには全身の健康そして生きる喜びに少しでも寄与することができれば幸いです。

2015年12月14日
一般社団法人 日本小児歯科学会

1. 小児歯科医療の現状と課題および対策

 現在の少子高齢社会では、社会政策や関心がどうしても高齢者や要介護者に対する諸問題への対応に追われ、小児期の歯科医療にまではなかなかきめ細かい対応ができていないのではないかと思われます。また、大学歯学部の学生が将来小児歯科へ進む人数も減少傾向にあり、小児歯科医療の将来については政策的にもまた人材の確保の面からも、幾つかの課題が生じており、今後その課題を解決していくための対策を検討していくことが必要です。

(1) 少子化、むし歯の減少における小児の歯科疾患の疾病構造の変化について
(現状と課題)

 わが国では、1971〜1973年の第二次ベビーブーム以来、年々出生率は減少してきており、2014年は1人の女性が一生に産む子供の平均数は1.42人になっています。そのため、人口ピラミッドも中高年が多く、小児は減少傾向にあります。

図1 出生数及び合計特殊出生率の年次推移(厚生労働省大臣官房統計情報部)

図1 出生数及び合計特殊出生率の年次推移(厚生労働省大臣官房統計情報部)

 また、以前はむし歯のある子どもたちがたくさん見られましたが、最近は保育所、幼稚園、小学校の歯科健康診断(以下健診と略す)でもむし歯のない子が増えてきています。診療室でもその傾向が強く、歯髄(いわゆる歯の神経)の治療や金属冠を装着する処置が大幅に減少し、充填や予防処置が中心になってきています。そのことは、3歳児、12歳児のむし歯の調査結果をみると明白です。

図2 3歳児・12歳児のむし歯有病者率 (3歳児:厚労省歯科保健課調査結果、12歳児:文科省学校保健統計調査より)

図2 3歳児・12歳児のむし歯有病者率
(3歳児:厚労省歯科保健課調査結果、12歳児:文科省学校保健統計調査より)

 しかしながら、毎年実施している保育所、幼稚園、小学校の歯科健診後の事後処置(治療勧告)を見ると、むし歯の早期の治療を勧告しても受診していない子どもも多く、治療勧告書の回収率も50%にもならない場合も多いのが実状です。そのため、要治療のむし歯数もなかなか減少せずに、固定化されてしまう傾向が見られます。つまり、ほとんどむし歯のない子どもとむし歯をたくさん持っている子どもの二極化している傾向が見られます。

  • 図3 すでにむし歯になっている(女児 2.1歳)

    図3 すでにむし歯になっている
    (女児 2.1歳)

  • 図4 むし歯がなく健全な乳歯(男児 4.2歳)

    図4 むし歯がなく健全な乳歯
    (男児 4.2歳)

 そのため、年々むし歯は減少しているという面だけで問題は解決せず、常にむし歯のある子どもが一定の割合で常に存在しているのが実状です。その理由は色々考えられますが、多くは子どもの保護者がむし歯に対して無理解、無関心なことが大きな原因と思われます。
 また、むし歯と同様に歯を失う最も多い原因の歯周病については、全体にやや減少傾向にありますが、15歳から19歳の思春期・青年期では増加しています。小児期でも罹患率はすでに35%を超えており、加齢とともに増加傾向にあるのが実状です。

図5 歯肉の所見ありの2005年と2011年の比較(厚労省歯科疾患実態調査)

図5 歯肉の所見ありの2005年と2011年の比較(厚労省歯科疾患実態調査)

 さらに、小児期ではいつも口が開いて口呼吸をしていたり、指しゃぶりや舌癖などの口腔習癖がなかなかやめられない等の口腔機能に関する問題が顕在化してきています。口腔機能の低下により、口腔周囲の筋力が弱くなり食物を上手く食べることができなくなる可能性もあり、小児期における正常な口腔機能の発達は、これからの大変重要な課題となっています。

(対策)
  1. ア. むし歯の減少、軽症化の中で、むし歯がほとんどない子と常にむし歯を持っている子の二極化を改善していくことが必要です。
  2. イ. 歯を失う最大の疾患である歯周病の小児期からの予防・初期治療体制を確立することが必要です。
  3. ウ. 口腔機能の正常な発達および改善のための指導・訓練・治療体系を確立していくことが必要です。
(2) 小児の歯科医療費について
(現状と課題)

 むし歯の洪水と言われた時期から、子どもたちのむし歯予防に対して様々な取組みがされてきました。最も効果的なのは、各個人が「かかりつけ歯科医師」を持ち、定期的に歯科健診を受診していくことです。また、保育所、幼稚園、小学校における集団でのフッ化物洗口がむし歯予防に大変有効なことが示されており、むし歯の減少により、歯科医療費の削減も報告されています。
 最初に本格的に実施している新潟県では、すでに30年間にわたる実績があり、その効果も明確になっています。特に関係者にとって関心の高い歯科医療費についても、フッ化物洗口を実施した子どもとしなかった子どもの10〜14歳児の調査結果を見ても、はっきりと差が出ています。

図6 フッ化物洗口の経済効果 (新潟県の10〜14歳 歯科医療費調査から)

図6 フッ化物洗口の経済効果 (新潟県の10〜14歳 歯科医療費調査から)

 また、図7.の岩崎らのデータによると、高齢者における歯・口腔の健康と全身の健康の関連に関する医療費分析調査結果、8020達成者と非達成者の間で医科総医療費に差はなかったが、非達成者は達成者と比べて脳梗塞関連の医療費が高く、また肺炎関連医療費も高かったことが報告されています。

図7 ベースライン時の現在歯数と脳梗塞および肺炎関連医療費の関係 (岩崎正則、葭原明弘、宮崎秀夫 8020財団 指定研究事業報告より)

図7 ベースライン時の現在歯数と脳梗塞および肺炎関連医療費の関係
(岩崎正則、葭原明弘、宮崎秀夫 8020財団 指定研究事業報告より)

 また、現在厚労省が推進しているレセプトの分析による「データヘルス計画」による調査結果でも、高齢者における歯の健康度と医療費に関する実態調査でも、医科・歯科ともに残存歯数が多いほど、平均医療費が低い傾向がみられます。

図8 香川県老人医療費適正化に関する検討委員会調査(平成16・17年)

図8 香川県老人医療費適正化に関する検討委員会調査(平成16・17年)

 歯と口腔の健康が全身の健康のために重要な役割を果たしていることは、様々な研究結果から次第に明らかになってきています。上述のように歯科の医療費だけでなく医科の医療費の抑制にも関係してくるこが分かってきており、歯と口腔の健康は、生涯を通じた全身の健康はもとより、毎日おいしく食べることができ、しかも医療費も抑制されるのは国民にとっても大変有益なことだと考えられます。

(対策)
  1. ア. 歯と口腔の健康により、全身の健康に効果があり、また歯科医療費だけでなく、医科の医療費の削減にも寄与するため、国は歯・口腔の疾患の予防および歯科医療を重要課題と位置づけることが必要です。
  2. イ. 各地域の小児歯科医療機関における小児歯科医療に関する要望、改善策、先進的モデル事業の結果等を集積・分析・評価を行い、小児期における歯科医療の将来ビジョンを検討していくことが望まれます。
  3. ウ. 各地域間に較差のある医療費の公費負担を中学生までの医療費の無料化を全国的に実施することが必要です。
(3) 成育基本法(案)の制定について
(現状と課題)

 成育基本法(案)は以前国会に提出され廃案となった小児保健法(案)をさらに発展的に内容を充実させて日本医師会から提案されています。その具体的な内容の骨子として、成育基本計画に盛り込むべき事項として下記の内容が検討されています。

  • 次世代を担う成長過程にある者に対する生命・健康教育の充実
  • 社会、職場における子育て・女性のキャリア形成のための支援体制の構築
  • 周産期母子健康診査と保健指導、周産期医療体制の充実
  • 養育者の育児への参画を支援する制度の充実
  • 国際標準を満たす予防接種などの疾病発症予防対策体制の構築
  • 妊娠・出産・子育てへの継続的支援のための拠点整備及び連携
  • その他の事項として、出産育児一時金の充実、小児医療費助成制度の充実、小児保健手帳の導入、子どもの健康相談体制の充実、子どもの健康診査体制の充実、障害児(者)・発達障害児(者)とその家族への支援、慢性疾患を持つ子どもの成人への移行体制の整備、子どもの死因を評価する体制の整備、事故の予防に対する研究・施策、長期入院児への配慮、入院環境の整備、保育所などの整備による育児支援、専業主婦への育児支援、貧困家庭・片親家庭への支援等
図9 乳歯が生えてから永久歯への交換、正常な永久歯列の完成

図9 乳歯が生えてから永久歯への交換、正常な永久歯列の完成

 このように、成育基本法(案)には胎児期から成人に至るまでの医療、保健、子育てなど幅広い内容を網羅しており、小児科、産婦人科だけでなく、その目的の達成のためには、小児歯科も十分に係っていく必要があり、様々な角度からの対応の検討が必要です。

(対策)
  1. ア. 成育基本法(案)の早期成立へ向けて支援・協力をすることが必要です。
  2. イ. 成育基本法(案)における小児歯科医療の具体的な対策案を作成し、法案成立後に設置される成育医療等協議会に参画し提案することが必要です。
(4) 小児歯科における医療連携について
(現状と課題)

 小児歯科臨床でも、今までのようにむし歯や歯周病、歯並びやかみ合わせ等の治療から、子どもの口腔機能疾患の診断、訓練、治療、さらには様々な発達障害児の歯科治療を実施していくと、小児科医や看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語療法士、保育士、保健師等の様々な関係業種の人々からの情報提供や協力が不可欠です。
 しかしながら、現状は子ども医療センターや障害児医療センター等に、歯科が設置されていれば連携が可能ですが、全ての施設に歯科が設置されてはいないこと、また開業歯科医はほとんどが歯科医師と歯科衛生士だけで診療しているため、関係業種との連携がなかなか取れないのが現状です。

(対策)
  1. ア. 全国の子ども医療センター、障害児医療センターや子ども発達センター等の総合的な子どもの医療機関では必ず小児歯科の診療科の設置を義務づけ、小児歯科専門医を配置することが必要です。
  2. イ. 地域の小児歯科診療所と保育所・幼稚園、学校、施設、行政、病院、歯科医師会、学会、大学等と小児歯科医療について相談や連絡ができる連携協力体制を確立することが必要です。
(5) 小児期における口腔機能の育成について
(現状と課題)

 小児期における口腔機能の正常な発達は大変重要です。これからの歯科臨床は、むし歯と歯周病だけでなく、口腔機能の改善に力を入れていく必要があり、その中でも小児期の口腔機能の改善の大切さを浸透させていくことが必要です。
 しかしながら、口腔機能に関しては、様々な課題があります。診断には視診はもとより、写真や動画を見るだけでなく、検査も必要です。現在、口唇閉鎖力検査に関しては、保険導入を目指して取り組んでいますが、今後、様々な角度から診断が可能な、できるだけ簡便な検査方法の開発や指導・訓練・治療の体系化していくことが必要です。

(対策)
  1. ア. 口腔機能のできるだけ簡便で的確な診断のための検査方法・指導・訓練・治療体系を確立していくことが必要です。
  2. イ. 国民や患者さんに対して、小児期からの正常な口腔機能を維持すること、異常を生じた場合、正常な口腔機能に改善することの重要性を啓発することが必要です。

2. 各ライフステージにおける小児歯科医療の現状と課題および対策

 生涯を通じた歯と口腔の健康、さらには全身の健康保持・増進を推進していくためには、小児期の歯科医療を推進していくことが非常に重要です。
 というのは、胎児期に乳歯の形成がはじまり、出生後7か月前後に乳歯が生えてきて、2歳頃に乳歯の歯並びが完成します。その後、6歳頃から乳歯から永久歯への交換により正常な永久歯の歯並びが完成します。つまり小児歯科医療は、胎児期から青年、成人期までの人間の生涯の歯科疾患を左右するライスステージにおける歯科医療の中でも最も重要な期間です。
 また、成人期と異なり保護者をはじめとする、子どもたちを取り巻く関係者・社会環境によっても歯科疾患への対応が左右されることがあるのも特徴です。
 この項では、小児期の各ライフステージにおける小児歯科医療の現状と課題、および対策についてまとめてみます。

(1) 胎児期(妊婦を含む)
(現状と課題)

 妊娠中の歯科医療の課題としては、母体内で形成される歯が健全に発育するために、できれば妊娠前に歯科疾患は治療しておくことが望まれます。しかしながら、実状は妊娠中にむし歯や歯周病が悪化して歯科治療が必要になることも多いのが実状です。
 地域の保健センターや保健所での母子健康手帳交付時での歯科保健指導や、母親教室における研修はありますが、妊娠前の歯科治療についての啓発は十分であるとは言えないのが実状です。

(対策)
  1. ア. 妊娠前の女性は「かかりつけ歯科医師」で歯科疾患の治療をしておくことが必要です。
  2. イ. 妊婦の歯科健診は任意のため、義務化とすることが必要です。
  3. ウ. 産婦人科と歯科との連携により、すべての妊婦に対する歯科保健指導や妊婦の歯科治療が実施できる体制を確立することが必要です。
  4. エ. すべての妊婦が「かかりつけ歯科医師」を持つだけでなく、出産後は子どもの「かかりつけ歯科医師」を持ち、母子ともに歯科疾患の予防・治療・管理をしていくことが必要です。
(2) 乳幼児期(保育所・幼稚園)
(現状と課題)

 乳幼児期は1歳6か月児歯科健診および3歳児歯科健診が制度化されており、また保育所・幼稚園での嘱託歯科医の配置による歯科健診が定着してきているため、歯科健診で何も指摘されない場合には「かかりつけ歯科医師」を受診しないことも多いのが実状です。

図10 1歳6か月児と3歳児歯科健診におけるむし歯有病者率(厚労省歯科保健課調査結果)

図10 1歳6か月児と3歳児歯科健診におけるむし歯有病者率
(厚労省歯科保健課調査結果)

 しかしながら、集団歯科健診も受けていない子どもの存在や、歯科健診後の事後処置を受診していないケースも見られます。また、無認可保育園では、嘱託歯科医師が不在のところもあるのが実態です。
 1歳6か月児歯科健診では全国的にむし歯は少ないのですが、3歳児になると急激に増加しているため、1歳6か月児歯科健診後のむし歯の治療や「かかりつけ歯科医師」での予防管理が十分ではないのが実状です。

(対策)
  1. ア. 1歳6か月児、3歳児歯科健診、保育所・幼稚園での歯科健診後の事後処置により、治療が必要な歯科疾患は早期に治療を実施することが必要です。
  2. イ. 1歳6か月児歯科健診後にむし歯が急増しているため、全ての乳幼児は「かかりつけ歯科医師」を持ち、定期的に「かかりつけ歯科医師」で精密な歯科健診・必要な治療・管理を行うことが必要です。
(3) 学童期(小学校)・思春期(中学校・高等学校)
(現状と課題)

 小中高等学校では年に1〜2回の歯科健診を実施しているため、その際の事後処置として治療勧告がなかった場合には、乳幼児期と同様に「かかりつけ歯科医師」での定期的な健診を受けないことが多いのが実状です。
 さらに、集団歯科健診では精密な診断ができない場合もあるため、むし歯が重篤化する例もみられることがあり、「かかりつけ歯科医師」による定期的な歯科健診や必要な治療を行うことが必要です。

(対策)
  1. ア. 学校歯科健診後の事後処置により、治療が必要な疾患は早期に治療することが必要です。
  2. イ. 学校歯科健診とは別に、必ず「かかりつけ歯科医師」での定期的な歯科健診を定着させ、精密な検査や必要な治療・専門的な個別指導を受けることが必要です。
(4) 障害児
(現状と課題)

 全国各地に子ども医療センターや障害児発達センターが設置されてきていますが、歯科医師が常勤のところは少なく、ほとんどが非常勤か不在です。そのため、歯科健診は実施できても障害児や全身疾患のある子どもに対する高度な歯科治療は十分に実施できていないところも多く、地域間の格差があるのが実状です。
 また、障害の程度により、軽度の場合、通常の保育所・幼稚園へ通っている子どもが多いのですが、重度の場合は専門施設へ通所しています。障害児施設によっては、嘱託歯科医が存在しないところもあり、定期的な歯科健診や指導、相談ができていない施設もあるのが実状です。「かかりつけ歯科医師」を持っていない障害児もいるため、歯科健診や治療から見過ごされる障害児もいるのが実状です。

(対策)
  1. ア. すべての障害児施設への嘱託歯科医の配置と歯科健診および事後処置、保健指導を義務化することが必要です。
  2. イ. 子ども医療センターや診療も実施している障害児センターでは歯科を設置して小児歯科専門医を配置していくことが必要です。
  3. ウ. 摂食嚥下障害の子どもに対しては、小児歯科専門医または大学との協力による摂食嚥下指導の専門家による指導・訓練・治療体制を確立することが必要です。
  4. エ. 外来での歯科治療が困難な症例に対しては、全身麻酔下での歯科治療が実施できる体制を確立していくことが必要です。
  5. オ. すべての障害児が「かかりつけ歯科医師」を持つようにすることが必要です。

3. 小児歯科医療を担う歯科医師の現状と課題および対策

(現状と課題)

 全国的に歯科医師過剰という風潮もありますが、小児歯科に関して検討してみると、現在の小児歯科学会の会員は約4,300名にもかかわらず、小児歯科標榜医は約40,000名存在しています。つまり、小児歯科学会への入会者は小児歯科標榜医の約10%程度で、90%ぐらいの小児歯科標榜医は個々の自己研鑽になるため、小児歯科の情報や技術については不十分ではないかと考えられます。このことは、小児歯科医療を享受する国民にとっても、決して望ましい状況ではなく、今後の重要な課題の一つであると考えられます。
 また、大学歯学部を卒業して小児歯科の医局に残る歯科医師は全国的に減少しているのが現状です。その原因は小児歯科医療に関する保険収入は相対的に低いため、小児歯科医院の経営問題も大きな要因の一つと考えられます。

(対策)
  1. ア. 小児歯科を標榜する歯科医師は、日本小児歯科学会会員になり、小児歯科専門医の資格を取れるよう努力することが必要です。
  2. イ. 小児期の患児管理の高度化のため、カルテをはじめ、様々な資料の収集と分析能力の向上をはかることが必要です。
  3. ウ. 小児歯科だけでなく関連する矯正歯科、予防歯科をはじめ全身管理を含む幅広い歯科医療・保健の知識と技術の研鑽と向上をはかることが必要です。
  4. エ. 患児の転医もあるため、小児歯科専門医共通の資料様式の作成を検討することも必要です。
  5. オ. 小児歯科医療の向上のためには、小児歯科専門で歯科医院経営が成り立つような社会保険における適切な配慮、個々の歯科医師の努力と創意工夫が必要です。

4. 小児歯科医療を担う歯科衛生士の現状と課題および対策

(現状と課題)

 歯科医師と異なり、歯科衛生士の場合には、保健指導や予防業務の役割が大きいため、様々な幅広い分野での活躍が期待されますが、現実には、全国の保健センターや保健所でも歯科衛生士が配置されていないところも多いのが実態です。しかも少子高齢社会では、どうしても高齢者や要介護者への対応に追われることが多くなり、財政的にも余裕のない自治体がほとんどのため、小児に対する歯科衛生士の供給はさらに少なくなってくるのではないかと推測されます。
 開業医における歯科衛生士の実状を見ると、歯科衛生士に対する十分な報酬を支給する診療報酬が見込めないと、小児歯科開業医へ勤務する歯科衛生士の減少が懸念されます。

(対策)
  1. ア. 小児期からの対応が重要である国民に対する歯科医療・保健の向上のためには、各保健センターや保健所に歯科衛生士の配置を義務化することが必要です。
  2. イ. 予防処置と保健指導、口腔機能の訓練が重要である小児期での歯科医療の充実のために、歯科衛生士の役割に配慮した保険点数の評価の向上が必要です。
  3. ウ. 日本小児歯科学会の会員となり、認定歯科衛生士の資格を取得することにより、歯科衛生士としての活躍の場を拡大していくことが望まれます。

5. 小児歯科医療向上のための国民の意識の現状と課題および対策

(現状と課題)

 小児歯科医療の向上のためには、基本的には国民に対して小児歯科医療の意義とその必要性の浸透をはかる必要があります。現状は、乳歯はいずれ抜け替わるので、むし歯になっていても、痛くなければ放置している例もまだ見られ、また、「かかりつけ歯科医師」を持っていない子どもたちもかなり存在するのが実状です。
 しかしながら、定期的に「かかりつけ歯科医師」を受診する子どもの保護者は意識の高い方が多く、疾患の予防や治療に関しても熱心なため、むし歯をはじめとする歯科疾患のない子どもたちも増加しています。今後は、「かかりつけ歯科医師」を持たない子どもや保護者への対応が課題となっています。
 また、生きる喜びとして、生涯を通じておいしく何でも食べられるためには、健全な歯と口の健康が大切です。そのためには、小児期からの歯科医療・保健の推進が、そのまま生涯を通じた歯と口腔の健康、さらには全身の健康の増進に繋がることについて、国民への周知がまだ不十分なのが実状です。

(対策)
  1. ア. 小児期の歯科疾患の予防・治療の重要性の国民・患者さんへの周知を図ることが必要です。
  2. イ. 出生後、すべての子どもは「かかりつけ歯科医師」を持ち、歯科疾患の予防・治療・管理を徹底することが必要です。
  3. ウ. 全身の健康増進の観点からも、小児期からの歯と口の健康が生涯を通じた全身の健康の増進に繋がることを広く国民に啓発することが必要です。

6. 小児歯科医療向上のための医科および関係業種の人々との連携の現状と課題および対策

(現状と課題)

 今日までの歯科医療は、小児歯科を含めて、歯科単独で実施している場合が多いのが実状です。しかしながら、全身疾患のある小児や障害児の歯科医療を実施する機会も多くなり、小児科の主治医、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語訓練士等の協力がないと円滑に実施できないのが実態です。今後益々積極的に関係業種の人々との連携協力する体制を確立する必要があります。
 現状は学会、大学、歯科医師会、そして各地域の小児歯科診療所が緊密な連携体制を確立するために、それぞれの立場での対応が求められています。

(対策)
  1. ア. 現状の個々の歯科医師の能力と人脈だけでなく、全国および各地域における小児科会、産婦人科会、医師会、薬剤師会、行政をはじめとする各業種の団体間の連携協力体制システムを構築することが必要です。
  2. イ. 大学病院、子ども医療センター、発達障害児センター、地域の基幹病院、一般歯科診療所等と小児歯科診療所との医療連携体制を構築していくことが必要です。

まとめ

 少子高齢社会における歯科医療を考える際に、どうしても高齢者や要介護者への歯科医療の現状と課題が中心になりがちですが、国の将来を担うのは、これから誕生する子も含めて、子どもたちです。
 歯科医療分野では、疾病予防対策や適切な診療を行うことにより、国民的課題となっている将来の高齢者や要介護者となる人々の歯と口の健康増進により、できるだけ良い状況で推移させることは大変重要です。小児期の歯科医療体制および歯科保健活動をしっかりと確立させ実施していくことにより、生涯を通じて楽しく食べるための口腔機能は現在よりも著しく改善され、楽しい老後の生活を営むことができる人々の割合は大幅に増加すると考えられます。
 そのためには、小児期の歯科医療・保健対策が非常に重要であり、現在の疾病保険として国民の健康に大きく貢献している社会保険制度を、さらに国民にとってより良い制度としての質的変換をはかる必要があります。
 また、成育基本法(案)の制定を含めて、限られた財源の中で、国民が納得できる小児に対する歯科医療制度の新たな構築も検討していく必要があると考えられます。
 今回、この提言が小児歯科医療のさらなる向上にとって、少しでも寄与することができれば幸いです。

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