学会からの提言

小児科と小児歯科の保健検討委員会

母乳とむし歯−現在の考え方

平成20年6月19日改訂
小児科と小児歯科の保健検討委員会

平成16年に「母乳とむし歯−現在の考え方」を公表したが、これに対し多くの意見が寄せられた。そこで委員会では、最初に公表した考え方と寄せられた多数の意見をもとにして、母乳とむし歯の関係をより明確にすると共に、母乳を与えていてもむし歯になりにくい方法で母親のストレスとならないような現実に即した考え方に修正した。

1.母乳とむし歯

 母乳には栄養学的、免疫学的、精神的そして経済面にも利点がある。なかでも、母乳栄養の精神的影響についての研究で遊び飲みをしながら眠る母乳行動までもが子どもの精神的安定には効果があることがわかっている。現在子育てが理論的に考えられている風潮の中で、母乳を与えることは強い親子の結びつきであることから、母乳栄養をすすめていきたい。
 母乳を飲ませながら寝かせたり、夜泣きのときに母乳を飲ませることは古くから行なわれていることで、一般の育児書にも「飲ませていい」と記載されている。ところが、母乳を幼児になっても飲ませているとむし歯になりやすいと言われている。そこで、母乳栄養の子どもに何故むし歯が生じるのか、その原因は母乳そのものが問題なのか、母乳が子どもの歯に常時付着することが問題なのか、寝る前に母乳を与えることが問題なのかなどを整理して、現在の考え方をまとめた。

2.母乳の飲み方とむし歯の問題

 母乳を飲むときは舌を突き出し、乳首を上顎に押し付けてしごいて飲むので、上の前歯に母乳が付着しやすい。したがって、飲みながら眠ると母乳が上の前歯の周囲に停滞し、しかも夜間には唾液の分泌が減少するのでむし歯になりやすい。一方、下の前歯は舌で覆われているので母乳の付着は少なく、さらに唾液によっても洗い流されるのでむし歯になりにくい。
 理論上は授乳後に毎回歯を磨く状況であれば夜間に母乳を与えても安心であるが、子育ての実際に当たっては難しい。
 子育ての現場では理論(むし歯予防)と実際(子育て)がいつの時代でも平行線をたどり、今日に至っている。混乱している例の一つとして、たとえば、乳歯はやがて生え変わるからケアの必要がないといわれるが、小児歯科の立場からは正しくない。乳歯と永久歯は一度に生え変わるわけではないので、乳歯がむし歯になるような悪い口腔内状態では新たに生えてくる永久歯もすぐにむし歯になる可能性が大きいからである。

3.むし歯の原因

 多くの子どもの場合、歯が生えるとすぐにむし歯の原因菌である「ミュータンス連鎖球菌」が常在菌として歯の表面で成育し始める。歯をきれいにしておかないと歯の表面に母乳や離乳食の食物残渣がたまり、「ミュータンス連鎖球菌」はそこに含まれる糖質を分解し、プラークを作って増殖する。そのときに酸を産生するのでエナメル質表面に脱灰が生じやすい。母乳や離乳食を与えた後に歯をきれいにすると唾液中のカルシウムが脱灰部分に沈着しやすく、元に戻すことができる。これを再石灰化という。
 このように、日々歯をきれいにしておくと母乳を与えてもエナメル質表面では脱灰と再石灰化が交互に起こり、歯を健康に保つことができる。しかし、歯をきれいにしないでプラークがたまった状態では脱灰が長く続き、再石灰化が十分できないためにむし歯になる。特に夜間は唾液の分泌が減少するので、さらにむし歯になりやすくなる。母乳そのものはむし歯の直接の原因ではないが、「口のケア」が悪くてプラークがたまり、母乳と食物残渣が口腔内にあればむし歯のリスクがとても高くなる。

4.対策

 上の前歯が生え始める前までは母乳や離乳食の与え方と口の清潔に余り神経質になる必要はない。しかし、前歯が生えてからは母乳と食物残渣が歯の表面に残らないよう「口のケア」が大切である。

(1)
上の前歯が生えたら離乳食後に指に巻いたガーゼや綿棒で歯を清拭する。1歳過ぎの年齢では、離乳食後に丁寧に歯を磨く。離乳食後ごとに磨くのが理想であるが、難しいようなら夕食の離乳食後にしっかり磨き、他のときは水またはお茶を飲ませ、すすぎの効果を得るようにする。
(2)
第一乳臼歯が生え始め、噛みつぶしができるようになる離乳の完了頃には様々な食品を食べるようになる。歯の表面に砂糖を含む食物残渣が残っているところへ母乳が加わるとむし歯のリスクがとても高くなる。したがって、この時期を過ぎても母乳を与える場合は歯の清潔に特に気を配る必要がある(当委員会の「子どもの歯みがき」参照)。
(3)
早い時期からミュータンス菌が多くてむし歯になりやすい子どもが存在する。1歳以降に母乳を与えている場合は、一度小児歯科を受診し、むし歯になりやすいかをチェックしてもらいたい。

 子どものミュータンス菌は養育者から伝播する。むし歯が多い養育者の唾液の中にはミュータンス菌が高濃度に含まれているので、伝播しやすいから気をつける。ミュータンス菌が少なくても、食べ物を口移しで与えたり、歯ブラシを共有することは避けたい。
 一方、養育者にむし歯が無いか、治療が完了していれば子どもにミュータンス菌は伝播しにくいとされている。このことからも、子どものむし歯予防には子どもの口のケアだけでなく、養育者の口のケアが大切である。
 また、親子のキス程度ではミュータンス菌は伝播しないので、スキンシップを大切にしたい。